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ウィスラーで聞いた2つの話(観光戦略とヘリスキー)

著者 Tatsuo Gunji

バンクーバーから北へ車でおよそ2時間、ウィスラーに到着した私たちは、北米一と言われるリゾート地の中を散策しました。周辺の広大なスキー場やトレッキングの山々に比べれば、街の中は比較的狭くどこへでも歩いて行ける距離にあります。石畳の通路の両側にあるホテルやレストラン、ショッピングの建物はすべて落ち着いた「アース色」。
「アース色」とは、言ってみれば土色系統というのでしょうか、黄色がかったものから緑がかった色、レンガ色まで一口に「アース色」と言っても様々ですが、その落ち着いた渋い色合いが街全体を周りの山々や緑の中にしっくりと溶け込ませている感じがします。一つ一つの建物は高級感にあふれているのに統一感がある。しゃれていますよね。

ウィスラーは、1960年代後半に冬のオリンピックの誘致を目指して開発されたところですが、念願かなって2010年にバンクーバーオリンピックのメイン会場になりました。その時使われたオリンピック施設については、終わった後も有効利用する「レガシープロジェクト」という考えを説明されたことがありますが、今度行ってみると確かにそうでした。
テレビに何度も登場した表彰式会場は、今は芝生の野外コンサート会場に生まれ変わり、冬は氷を張ってスケートリンクになるそうです。また、大滑降のスロープは夏の間にも使えるマウンテンバイクの施設として改装され人々が楽しんでいました。

さて、その夜はウィスラーの高級レストラン「araxi」でディナー。そこで、地元でツアー会社「JAPANADA」を経営している柳沢純さんと隣の席になってウィスラーのユニークな観光政策や、初めて聞く「ヘリスキー」についていろいろ興味深い話を聞くことが出来ました。柳沢さん自身はプロのスキーガイド。長野県でスキーパトロールをして腕を磨き、アメリカに渡ってからは北米47か所のスキーリゾートをまわり、一番良かったウィスラーに落ち着いたそうです。以下は食事の間に彼に聞いた話です。

このウィスラーは1975年にいち早くリゾート法を制定し、観光のためのユニークな街づくりに取り組んで来ました。建物の色もそうですが、観光地としての統一感を出すために窓の形、玄関の取り付け方にも厳しい決まりがあり、違反すると罰金を払って改修させられます。
オーナーはバラバラだけど観光戦略は街全体で一致協力して、例えば5-6月、10-11月などのオフシーズンには街の環境局が提案してすべてのホテルを半額にする、レストランも値下げするといった方針を打ち出すそうです。行政と観光業者の一致協力したシステムが効を奏して年間通じて観光客を呼び寄せる。こうしたユニークな観光戦略の数々を学ぶために、日本からも視察団が勉強に来るそうです。でも、本当に生かされているかどうか、というのが柳沢さんの感想でした。テレビ番組のテーマになりそうですね。

もう一つ興味深かったのは、耳慣れない「ヘリスキー」の話題です。ヘリコプターでしか行けない大雪原にヘリで降りたち、まだ誰もシュプールをつけていない雪山から心行くまで滑降するという贅沢なスキーです。ヘリスキー・ガイドの柳沢さんたちが本拠地にいているのは、BC州の最北部、アラスカとの国境近くのスキーナ山群。ここには広さにして9000平方kmと、東京都の約4倍に相当する大雪原(ラストフロンティア)があります。

300キロ離れたロッジから毎日にここにヘリで降り、心行くまで何度もトライします。一回の滑降が標高差500メートルから1500メートル。雪原と言っても、山あり樹木ありの山スキーですが、一度滑降するとヘリでまた違うところに連れて行って貰う。これを一日10回から20回、1週間続けるそうです。世界中からスキーの好きなお金持ちがやって来るそうですが、彼の話ではその金持ちぶりが愉快でした。
ところで、今年の4月には、先日、80歳でエベレスト登頂に挑戦を発表した三浦雄一郎さん一行が来て、ヘリスキーを楽しんで行ったそうです。夕食の間に伺った話ですが、詳しくは以下のHPをご覧になると、素晴らしい写真とともに「ヘリスキー」の醍醐味が紹介されています。一度テレビで見たいですね。
http://www.japanada.com/winteropt/special/heliski_lfh.html

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